経営者の輪Vol.401 グルテンフリー専門店Kanoa(かのあ)のオーナー 田島 里実さん

経営者の輪Vol.400 伊勢崎 地域おこし協力隊の山田尚輝さん

なんでも器用にこなし恵まれた環境で育ちながらも「突き詰める経験」を求めて一歩を踏み出した田島さん。誰もが幸せになれる場所を目指して「パン屋さん」をオープンしたものの小麦アレルギーを発症する試練に見舞われてしまいます。米粉パン店へと転換するまでの挑戦の軌跡を追いました。

プロフィール

田島 里実(たじま さとみ)さん

伊勢崎市出身

伊勢崎市在住

恵まれた才能と秘められた課題

何でも器用にこなす


「活発な子でしたねぇ」と、照れ臭そうな笑顔を見せながら幼少期を振り返る田島さん。鉄棒では習わなくても、鉄棒に足をかけて逆さまにぶら下がる「コウモリ」からひらりと空回転する技ができてしまったり、水泳ではスイミングスクールに通う経験がないまま記録会で好成績を残したり、マラソン大会では入賞の常連だったり。飲み込みの早さというメリットがある一方「努力して何かを体得する」という経験がないまま育ったと言います。これがのちに田島さんの課題になるのです。

 

家族で味わう手作りの食


もう一つ、里美さんの人生を大きく形づくったのがご家庭。お休みの日になると、おばあさまが打つ「うどん」を家族でいただくのが楽しみでした。食卓に並ぶものは、手作りの品。その環境で育ったこともあり、小学生になる頃には料理好きに。半日授業だった土曜日には、自分で作ったお弁当を持って友達のお宅に集まっていたそうです。

 

中学生になると、その興味はさらに深まります。図書館で向かうのは料理本のコーナー。ページをめくりながら、作ってみたいお料理やお菓子のレシピをノートへ書き写しました。「好き」という気持ちが詰まったノートは、宝物。今でも時折ページをめくることがあるといいます。

 

製菓専門学校へ進学し、洋菓子を学ぶ


高校生活も残り半分を過ぎたころ、進路を考える時期がやってきます。「就職はまだしたくない。でも、高校の延長のような勉強をするのも気が進まない」と考えた田島さんが選んだのは、東日本製菓専門学校への進学。洋菓子コースで、お菓子づくりを学びました。

 

「真面目な生徒ではなくて…」と言うものの、ここでも持ち前の感性が発揮され、文化祭やコンクールではやすやすと入賞を手にしていたのです。

ところが、卒業後に選んだ道は、意外にも食の世界ではありませんでした。

 

自分に課した「突き詰める経験」

人生の転機、結婚~専業主婦に


「きれいなオフィスで事務の仕事をしてみたい」とディーラーに就職。しかし、仕事を続けるうちに、心が満たされない自分に気づきます。やりがいを見いだせないまま退職。その後、知人の紹介で別の会社へ転職しました。

 

やがて、田島さんが「人生の転機」という時期がやってきます。30歳で結婚、退職し、専業主婦となり、初めてご実家以外の場所で暮らし始めました。

 

それまでのご自身の環境を「安全地帯」と表現する田島さん。ご両親やご親戚の多くは公務員という「お固い」環境で、大切に守られていた自分に気づきます。

アルバイトを考えると「危ないから」と止められ、欲しいものも行きたいところも、望めば与えてもらえました。お父さまは職場でも要職を務め、勲章を受章するほどの人徳者。趣味の書道でも「先生」と呼ばれ、田島さんはどこへ行っても「あの〇〇さんのお嬢さん」と呼ばれて育ちました。

 

大切に育てられたこと、恵まれた環境に改めて感謝する一方で、結婚をして実家を出たことで、今までどこか微妙に窮屈な服を着ているような感覚に気づいたのです。

また、なんでもそつなくこなしてきたことで、何かを突き詰める経験をしてこなかった自分にも思いいたりました。そのとき「真剣に何かに打ち込みたい」と思うようになるのです。

 


書道とパン作りに力を注ぐ

こうして選んだのが、以前、小学生のころに経験があった書道と、好きだった「パン」作りでした。

書道では師範の資格を取得すること、パンづくりでは教室に通い確かな技術を身につけることを目標に、新たな一歩を踏み出しました。

 

書道は、もともと経験があったこともあって、あゆみは順調。通常よりも早いペースで高段位に到達しますが、師範の試験に合格するには、過酷な鍛錬が求められました。2メートルほどと自分の身長よりも長さのある半紙に、800~1000もの文字を書く作品があります。途中で筆を置いてしまうと集中が切れてしまうだけでなく、筆致も変わってしまいます。完成までにかかる時間はおよそ5時間。田島さんは、途中でトイレにも行かないよう水を飲むことを控え、携帯電話の電源も切って作品に向き合いました。最後の一文字で、なぜか点を打ってしまったり、いつもは書けていた文字に一本横棒を引いてしまったり、という失敗に呆然としたことも幾度となくあったそう。今までに感じたことのない挫折を覚えながら、諦めることなくコツコツ続け、わずか8年で師範の資格を手にしました。

この頃に培われた集中力と忍耐力が、後の米粉パン制作の試練を乗り越える土台になっていくのです。

 

 

もうひとつの目標であった、パン作りでは一年かけて教室に通い、基礎を学びました。焼き上がったパンを友人へ配ると「売ってほしい」という声が少しずつ集まるようになります。

 

ひょんな流れから「パン屋さん」オーナーに


その頃、自宅を新築する話が持ち上がりました。明確なプランがあったわけではありませんでしたが、一部屋だけパン工房として使えるよう設計してもらったのです。

新居に遊びに来た友人から「この部屋は何に使うの?」と聞かれ、とっさにこう答えてしまったのです。

 

「パン屋さんをやろうかなと思って」

 

言葉にしてしまった以上、もう後には引けません。やるしかないと、保健所や税務署へ足を運び、開業しているカフェオーナーに教わりながら、3カ月後のオープンを目指して一つひとつ準備を進めていきました。

ロゴを考え、看板を制作。「パン教室で学んだだけでは、販売できる商品は作れない」とメニューを考え、ひたすら練習を重ねました。

 

怒涛のような日々を駆け抜け、ついに念願のお店をオープン。

店先にはたくさんの花が並び、行列ができるほど幸先のよいスタートとなりました。

作りたいのは「笑顔になれる場所」

小麦アレルギー発症で休業の危機


順風満帆に思えた毎日が、次第に揺らぎ始めました。田島さんの身体に異変が生じ始めたのです。唇が腫れ、やがてその症状は顔全体に広がりました。そして、小麦粉が触れた部分が、蚊に刺されたように赤く腫れるようになってしまったのです。病院で告げられた診断は、小麦アレルギー。「今度、反応があったら救急車だから」と医師にくぎをさされるほどの状態は深刻なものでした。

 

お店を断念してもおかしくない現実。実際、小麦アレルギーをきっかけに泣く泣く廃業するパン屋は少なくないそうです。

 

それでも、田島さんの中にお店を辞める、という選択肢はありませんでした。それは、自分がやりたかったことは「パン屋さんになること」ではなく「人が笑顔になれる場所をつくること」だったため。パンはそのための手段の一つだったのです。

 

グルテンフリー専門店への転身


実は、小麦アレルギーを発症する以前から、田島さんは米粉パンに興味を持って学び始めていました。また、また、自身も農薬アレルギーを克服して無農薬栽培へとシフトした経験を持つ農家さんから、「いいお手本がいるじゃない」と背中を押されたことも、大きな励みになりました。

 

こうしてグルテンフリーのパン屋さんに舵を切ることを決意。しかし、米粉を使ったパンはグルテンがない分、膨らみにくくパサついていて、特有の硬さがありました。目指すのは、ふんわりとやわらかく、しっとりとした小麦を使ったパンのような食感。水分量、温度、配合を変え、何度も何度も試行錯誤を続けました。思うような結果が出なくても、諦めることはありませんでした。このときの田島さんを支えたのは、書道で培った集中力と忍耐力だったのです。

 

お店はわずか2週間後に営業を再開。当時、今以上に珍しい米粉パンは話題になり、連日、多くのお客さまが訪れました。

 

ところが、そのにぎわいは長くは続きませんでした。一度引いた波は、簡単に押し寄せはしません。それでも、田島さんは目の前のお客さま一人ひとりと向き合い「笑顔になれる場所」に立ち続けました。すると少しずつ「アレルギーだから」ではなく「おいしいから」と通う人が増えていたのです。中には定期的に千葉からお見えになるお客さまもいらっしゃるそうです。

 

笑顔が見られる喜び


田島さんが何よりうれしいと感じるのは、お客さまの笑顔。「たい焼きを食べたことがない」という常連の中学生に試作中だった「米粉のたい焼き」を試食として渡したことがありました。すると、今まで見たことがないような晴れやかな表情を浮かべてくれました。その瞬間「私が見たかったのは、この笑顔なんだ」と確信したといいます。

 

「女性が元気なら、家庭も職場も元気になると思う」と田島さん。新たな場所へ移転し、再びスタートを切った田島さんの夢は、起業したいと思いながらも、一歩を踏み出せずにいる人の力になること。

 

かつて、自分がたくさんの人に支えられたように、今度は自分が誰かの背中を押せる存在になりたい。

 

恵まれた才能の陰に隠れていた課題を自ら乗り越えたことで、新たな世界を切り拓いた田島さん。その歩みは誰かの勇気につながり、その先には田島さんが思い描いていた「みんなの笑顔」が広がっているはずです。

 

■企業情報

グルテンフリー専門店Kanoa(かのあ)

◆住所:伊勢崎市中町509-1

◆電話:080-5084-3799

◆営業時間:11:00~16:00

◆店休日:月曜、木曜、金曜

◆P/4台

◆Instagramはこちら

 

取材日 2026年7月


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