経営者の輪Vol.389 有限会社矢島商店の代表取締役 矢島敏也さん

経営者の輪Vol.389 有限会社矢島商店の代表取締役 矢島敏也さん

今回、お話を伺うのは、有限会社矢島商店の代表取締役 矢島 敏也さん。米穀販売を生業とする矢島さんは、今米騒動で大忙し。この騒動があったからこそ気づいたこと、やりがい、夢などを伺いました。

プロフィール

矢島 敏也(やじま・としや)さん

伊勢崎市出身

伊勢崎市在住

自分のルーツ知り、会社継ぐ思い強める

「取材の依頼をいただいたことで、自分自身を振り返る良いきっかけとなりました」とうれしい言葉で迎えてくれた矢島さん。感動です!!

 

「こちらへ」と通された事務所のデスクには、一台のパソコンが。ご自身の経歴やお考えなどを事前にまとめてくださっており、それを見ながら話を進めてくださいました。用意周到、細やかなお心遣いに再び、感動です!!

 

矢島さんが代表取締役を務める矢島商店の誕生は、明治時代。矢島さんの曾祖父である庄三郎さんが、明治29年に現在の有限会社矢島商店の前身となる米穀販売事業を始めたことに由来します。矢島さんは4代目。脈々と歴史が受け継がれているのですね。

 

伝統ある矢島商店のご長男として生まれますが、ご両親から会社を継ぐように言われたことは一度もなかったそうです。初めての就職先は、製造会社。ここで2年を過ごして退職。自分のやりたいこと探しをしようと思った矢先、お母さまが体調を崩されます。これを機に家業を手伝うことを決意。24歳の時のことです。「自らの意志で店を継いだ」という主体的な意思決定は、納得して前に進む原動力となりました。

 

それから3年、心を変える出来事が起こります。矢島さんに最も影響を与えたという、おじいさまが他界されたのです。おじいさまは、大正生まれ。太平洋戦争の時は兵士として戦地に赴いた経験をお持ちでした。九死に一生を得て帰還後、お店を継ぎ、75歳まで現役で働いていたのだそう。矢島さんは、そんなおじい様の戦争の悲惨さや日本が復興する経緯、商売の苦労話などを聞いて育ち「もっと話を聞きたいと思っていた」と思っていた矢先の出来事でした。

 

この経験からご自身のルーツに興味を持ち、おじいさまについて調べ始めました。おじいさまが書き残したものや親戚の話などを聞くうちに、おじいさまが若くして父(曾祖父)を亡くし、高校卒業前から家業を手伝っていたことがわかりました。大変な中でも意志を強く持って挑戦をしてきたのです。さらにおじいさまのお母さま、つまり矢島さんの曾祖母は特にアクティブさが突出していた方。ご主人に早く先立たれ、女手ひとつで店を切り盛りしながらたくさんの子どもたちを育ててきました。そして、当時65歳を過ぎてから運転免許を取得。新聞にも取り上げられた人物です。こうして調べていくうちに、逆境にもめげない、アクティブな家系であることに気づいたそう。

 

「事業の内容や代々受け継ぐ米屋としての意義よりも、家系のルーツやヒストリー、先祖がどんな生き方をしていたかの方が気になっていました」という矢島さんですが、先祖の生き方が解明されるにつれ、代々続く店の経営に携わらせてもらうことは、当たり前ではない。有難いことだと感じ始めました。そして「このビジネスを大切にしなければ」と改めて心に誓ったのです。

令和の米騒動で痛感した「お米の大切さ」

昨年から米の価格高騰や店頭での欠品が続き、政府が備蓄米を放出する深刻な事態に陥りました。「経営としては非常に危機感を覚えました。このままでは、多くの地域住民や病院をはじめとした、公益性の高い施設の需要を満たすことができないと痛感しました」と話します。

 

「今後もしばらくの間は米の流通や相場は不安定だと見込んでいますが、単なる米不足だけでなく、社会現象や食糧問題、政府の対応など消費者や生産者を含めさまざまな側面を意識するきっかけとなりました」と表情を引き締めます。

 

矢島商店に入って17年。当初は「日々の食生活を支えるお米から、食卓に笑顔を届けること」そんな想いでしたが、この騒動を受けてから、考えが変わったそう。

 

「米は日本の環境から産まれる貴重な資源、そして伝統ある産業であることをもっと誇りに思い、絶やしてはいけない」と。日本の食文化としての価値を大切にすることを使命と感じるようになったそうです。

 

創業から現在まで一貫して米穀の育成として生産者へのサポートから、販売流通までに携わっている矢島商店。年々少なくなりつつある生産者である農家さんからも、数々の相談を受けています。その多くは後継者不足。使命感を持った継ぎ手の開拓、組織化、適正なインセンティブなど、まだまだ解決の手立ては残っていると考えています。

 

実は、このような農家さんからの相談に応え、一次産業にもっと関わっていくのが矢島さんの夢のひとつ。「産業としてのお米や流通などまだまだ課題は山積み。消費者から生産者までの付き合いの中で、日本全土様々な成育産地を見てみたい。そして、海外にも誇れる産業に変えていきたい、という思いもあります」と微笑みます。

「弊社と関わる方と稲のように真っすぐ上を向いて、金色の穂のように光り続けられる存在となるように創業から時代を越えてその文化を守っていきたい」と瞳を輝かせます。

他人のために行動。挑戦続ける「矢島家気質」

実は若い頃は「救命士やレスキュー関連に仕事につきたかった」という矢島さん。今でも県の防災士養成講座に申し込むものの、なかなか通らないのだそう。さらに、被災地でのボランティア活動を何度も経験されているのだそうです。さすが「挑戦をする矢島家」の血を引く矢島さん。「困っている人に何かできないか」と考え、行動に出るのですね!

 

30~40歳は、青年会議所(JC)や他の団体に所属し、自己研鑽を重ねながら様々な社会貢献活動に没頭する日々であったそう。40歳を機に伊勢崎商工会議所青年部に入会。これから迎える全国大会に向け「日本各地につながりをつくりたい」と前向きです。

 

矢島さんは、実は矢島商店だけでなく、有限会社矢島ファミリーの代表でもあります。こちらは、元々はお母さまが創業した会社で保険代理店です。

 

多くの人の人生に触れるうちに「健康で長生きしたいと意識するようになった」という矢島さん。それぞれの会社の代表になられた後に、そう思い起こさせる不幸がありました。義兄が45歳の若さで急逝してしまったのです。現在は仕事の合間に姪の送り迎えなどを手伝いながら社業など多忙な日々を送っているそうです。

 

「兄は子どもたちの成長も楽しみにしていたに違いない、義兄の心の内うちを思う度、健康で長生きしたい思いが強くなっていきました」とお話されておりました。ここでの出来事も保険代理店の仕事をより強い使命を持ったきっかけだったと話しています。

 

「保険や金融、家計の知識はあって損はない。知識を生かして、喜ばれる提案をしたい」と、やはりこの事業でも、他人のことを考え、行動を続けています。

その人柄が行動に移る情熱的な社長。今後が楽しみです。

企業情報

有限会社 矢島商店

 

◆住所/伊勢崎市本関町1080

◆TEL/0270-25-0886

◆設立/1953年

◆営業時間/8:30~19:00

◆休日/土曜、日曜

◆従業員数/5人

◆業務内容/米穀販売

 

 

取材日 2025年7月

 


応援します商売人!
今こそフロンティアスピリッツを発揮せよ!

あのお店・会社のあの人を連載で御紹介します。
アイマップでは連載企画として、「応援します商売人!今こそフロンティアスピリッツを発揮せよ」と称し地域の企業人・オーナーさん達をご紹介していきます。 また次の方は、ご紹介を頂くという経営者の輪方式をとらせて頂きます(笑) この企画を通じて、少しでも地域の皆さんに地元のお店や企業、そしてそこで働く人達を知って頂ければ と思っています。またそれが僅かでも売上増やビジネスチャンスに繋がれば幸です。

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