経営者の輪Vol.353 株式会社ジャパンガルバーの常務取締役 山遠直哉さん

経営者の輪Vol.353 株式会社ジャパンガルバーの常務取締役 山遠直哉さん

今回、お話をうかがうのは株式会社ジャパンガルバーの常務取締役、山遠直哉さん。影響を受けたおじいさまとの語らい、仕事のやりがい、趣味のクラシックカーラリーなどについて伺いました。

プロフィール

山遠 直哉(やまとう・なおや)さん

東京都港区出身

伊勢崎市在住

最小の資本で最大のパフォーマンスを発揮するには?

お生まれは、都内屈指の高級住宅エリアである港区白金。周りは富裕層が多く「お母さんはみんな美人だった(笑)」そう。子ども時代は公園で、鬼ごっこや缶蹴りなどをして遊んでいました。(ちょっとホッ♪ 群馬の子どもと変わりませんね)。周辺環境のせいか、漠然と「お金持ちになりたい」と思っていたそうです。

 

優しい笑顔と穏やかな口調の山遠さん。高校時代は柔道部に入っていました。経験があるかとおもいきや「まったくの素人」だったとか。当時の指導者は、かつて柔道界の有名選手。熱気あふれる厳しい指導で知られており、今の時代では笑い話では済まないような経験談を、表情を変えずに(ご本人はそのつもりはないかもしれませんが)面白おかしく話します。

 

高校3年生になるとある変化が訪れます。おじいさまが創業した株式会社ジャパンガルバーの経営に注力するため、ご両親が伊勢崎に移り住むことに。山遠さんは、白金のご実家で1人暮らしを始めました。部活を引退した夏以降、土日になると山遠さんも伊勢崎に出向き、同じように都内から時々訪れていたおじいさまと顔を合わせる機会が増えてきました。

 

それまでのおじいさまは、いくつも会社を経営し、海外の拠点もあったため超多忙。ほとんど会うことがありませんでした。伊勢崎でおじいさまと言葉を交わすうち「最小の資本で最大のパフォーマンスを発揮できるのはこの会社しかない」と、将来、株式会社ジャパンガルバーに入社しようと決めたそうです。それまでは跡を継ぐことは、誰からも言われたことはありませんでした。

おじいさまのすすめで、他社に就職

進学した日本大学のキャンパスは静岡県にあったため、大学時代はサーフィンやキャンプなどアウトドアを楽しんでいたそう。この時は、柔道とは無縁の海外を活動拠点にするボランティア部に入部。「もともと海外に興味があって、そこにボランティアがついていた、という感じですかね」とニコッ。こちらもつられて笑ってしまいます。

 

長期休みになると、タイ北部のチェンライにある村でインフラを整えるなどの活動をしていました。この村は、赤土で雨が降るとぬかるみができて車が進まなくなってしまいます。竹をさいて鉄筋代わりにし、そこにセメントと砂と砂利を混ぜた材料を20人くらいバケツリレーで運んで道を整えました。この活動は、2年間に渡って続けられました。

 

海外に魅せられた山遠さんは、大学2年の終わりから、インターンシップでタイのインペリアルクイーンズホテルに行き、コンシェルジュとして働き始めました。日本人は要望が多く、日本人のコンシェルジュは頼りにされていました。1年間の予定でいましたが、ホテルの都合により半年で業務は終了。世界的に有名な2つのホテルから声がかかりますが、おじいさまの体調が優れなかったことから契約はせず、帰国することになりました。

 

休学中だった山遠さんは、おじいさまの病院に付き添ったり、日常生活をサポートしたりしていました。このとき、おじいさまから株式会社ジャパンガルバー創業の思いなどを聞くようになりました。そんなおじいさまに山遠さんは「将来、会社に入りたいと思っている」と伝えます。おじいさまは「お前がやれ」と背中を押してくれたそう。そして、こうもおっしゃったそうです。「すぐに会社に入ってはいけない。他人の釜の飯を食ってから入社しなさい」と。

 

当時、本田技研に勤めていたお兄さまから「静岡に日本一大きな鋳造メーカーがある」と聞いていたメーカーに自らアプローチして入社。充実感を持って働いていたとき、専務から「海外に行く気があるか?」と尋ねられます。もともと海外に興味があったこともあり、本音を言えばyesでした。ここでそう返事をすれば、おそらく海外赴任が決まったでしょう。そうなると会社の方針でまずは現地で学校に通って語学を学び、そのあと海外の会社に入ることになります。将来、株式会社ジャパンガルバーに入社することを決めていた山遠さんは「そんなに時間がないと思った」と話します。そして何より、もし自分が経営者だったら、目をかけ、お金をかけ、海外の会社の経験までさせた社員から、帰国と同時に「退職する」と言われたらガッカリする。そんなことはできない、と思ったそうです。この話がきっかけとなり、退職を決意。退職前、尊敬していた工場長から「誠意を持って対応すれば、お客さまはわかってくれる」という言葉をプレゼントされました。この言葉は今でも山遠さんの心の軸になっています。

社会に欠かせない仕事に携わる喜び

株式会社ジャパンガルバーに入社してかは、関連会社を経験。その後、1年半ほどかけて県外の工場を回って伊勢崎の本社に異動となりました。山遠さんからすれば、年齢に関係なく一日でも先に入った人は先輩。ところが取締役という役職柄、周りはそうは見てくれず「正直、やりづらさがあった」と話します。

 

お客さま先で意見を発すれば、それが会社の意見と捉えられてしまう怖さも味わいました。次第に自分が理想とする型に自分を押し込めようとしていた山遠さん。「自分はこんなに暗かったっけ?」と思うほど、自分らしさを失いかけた時期もありました。それでも、関連会社にそれぞれが抱える課題を聞きに行ったり、経営者としての講習に参加したりするうちに、徐々に本来の自分を取り戻していきました。

 

同社の主な事業内容は、メッキ加工。これができるのは北関東で5社、群馬県内にはわずか2社と言う貴重な存在です。技術力の高さもさることながら、他社との一番の違いは短納期。お客さま目線で考え、「質を落とすことなく、少しでも早く対応できるようスタッフが一丸となって取り組みます。鍵を握るのは「ガッツのあるスタッフ」。何が何でもやると言う気持ちの強いスタッフがそろい「日本一の現場」と胸を張ります。手掛けるのは、鉄骨や足場材、階段など。対応しきれない大きなものなどは協力会社と手を取り合って、お客さまの希望を叶えています。

 

やりがいは、社会に必要な仕事であるという誇り。鉄は地球の中で最も多い鉱物で、地球は鉄の惑星とも呼ばれることもあるのだとか。圧倒的な量をもち、加工性が高い鉄の唯一とも言われる弱点は、錆びること。それを補うのが、同社が施すメッキの技術です。「将来はメッキの技術を活かしつつ、新しい価値を創造していきたい」と展望を語ります。

 

趣味は、アウトドアと車。車はおじいさまが好きで、たくさん残されてくださったため「好きにならざるを得なかった」とか。その車をレーシングカー仕様にし、クラシックカーのラリーにドライバーとして数多く参戦。車は機械ものですが、乗る人によってその個体の癖が出てくるそうです。「その車を自分のドライブ技術で操りながら戦うのが一番の面白さ」と話します。

 

公私にわたる山遠さんの活躍。おじいさまは、空の上から微笑ましい気持ちで見ているに違いありませんね。

企業情報

株式会社ジャパンガルバー


◆住所/伊勢崎市赤堀鹿島町394

◆電話/0270-62-7233

◆創業/1980年

◆営業時間/8:00~17:00

◆休/土、日

◆事業内容/溶融亜鉛めっき加工一式

 
 
 
取材日 2024年2月

応援します商売人!
今こそフロンティアスピリッツを発揮せよ!

あのお店・会社のあの人を連載で御紹介します。
アイマップでは連載企画として、「応援します商売人!今こそフロンティアスピリッツを発揮せよ」と称し地域の企業人・オーナーさん達をご紹介していきます。 また次の方は、ご紹介を頂くという経営者の輪方式をとらせて頂きます(笑) この企画を通じて、少しでも地域の皆さんに地元のお店や企業、そしてそこで働く人達を知って頂ければ と思っています。またそれが僅かでも売上増やビジネスチャンスに繋がれば幸です。

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